臓器移植についての授業

6月の最終週、高校3年生の保健授業を各クラス1時間受け持つことになりました。内容は「臓器移植について」で、本来の担当である山崎先生の1学期最後の時間を戴き、この題材の授業を受けて、臓器移植についてどのように思っているかを話し合い発表してもらいました。いろいろな角度から臓器移植の実態やその制度の現状を考えて、臓器をあげる権利あげない権利、もらう権利もらわない権利があることを前提に、自分はどのような考え方なのかを発表し話し合ってもらいました。意見は様々でしたが、これは正解のある問題ではありません。他人の意見を聞き、自分の考えを振り返ってみることが大切なのです。いのちについて考え判断するその重みを知ること、それがこの授業の目的です。

脳死は死亡全体の1%ほどと言われていますので、実際に臓器提供の問題に関わる可能性は低いと思いますが、同様の問題で家族が延命措置を受けるかどうか判断しなければならないなど、いわば命の選択を迫られることはあることです。これらは、事前に考え意思を確認しておかなければ判断は難しいことです。意思を確認したとしても、複雑な思いは残ると思いますが、話し合いができずに判断するより納得できるものになるでしょう。重い話ではあると思いますが、一度ご家族で話題にしてもらえたらと思います。

トキワ松学園では、日本の臓器移植法の基、初のドナーが現れた1999年より臓器移植の問題を保健の授業で取り上げてきました。一つの問題から課題を「見つけ」てそれを「調べ」、考えを「わかちあう」、ここにもトキワ松学園の教育がしっかりと脈打っているのです。

道の歩き方を思う

先日、池袋で高齢のドライバーが運転する車が暴走し、自転車に乗っていた親子が轢かれて亡くなり、けが人も多数出ると言う痛ましい事故がありました。その数日後、神戸の三宮で市営バスが赤信号の横断歩道に突っ込み、2名が亡くなり複数のけが人が出る事故がありました。そして、今度は滋賀県大津市で、保育園児に列に右折車と接触した乗用車が突っ込み、園児2名が亡くなると言う痛ましい事故が起きてしまいました。

このところ、大きな事故が立て続けに起きて報道されている為、改めて交通事故の恐ろしさが叫ばれていますが、交通事故自体は毎日のように起きており、尊い人命が奪われてしまうことは今に始まったことではありません。事故の原因は様々ですが、最近特に問題になっているのは、飲酒・薬物使用後の運転、過労運転、高齢者ドライバーの問題などです。飲酒・薬物使用が後を絶たないのは困ったことで、取締りの強化を図ってもらうしかありません。また、バスやトラックの運転手の過労からくる事故は、会社としての勤務実態把握と検査などの徹底である程度は防げることでしょう。

問題は高齢者ドライバーに対する問題です。年齢を区切って免許を返納させればよいではないかと考える人もいるかもしれませんが、人によっては自動車が生活の基盤になってしまっていて、自動車なしでは生活できない場合があります。特に地方に行くと、買い物一つ歩いては行けない場所もあり、行政も禁止しきれない事情があるのです。免許の更新で高齢者に対して認知機能検査や高齢者講習を行うようにもなりましたが、それをパスすれば安全かと言うとそう言いきれるものでもありません。また、自動運転や安全システムなども、近年その技術発展は加速して便利になっていますが、まだ全体に行きわたるほどではありません。

明確な対応策が示せない状況でできることは、歩行者である我々が自ら安全を確保していくことしかないでしょう。そんな中、携帯電話・スマートフォンの急速な普及で、新たな問題が発生してきました。それは、『歩きスマホ』です。最近、オランダで『歩きスマホ』の人にも信号が目に入るように、横断歩道直前の地面に横長の信号を埋め込んだというニュースがありました。確かに下を向いている人には目に入りやすいとは思いますが、そこまでする必要があるのかとも思っていたところ、こんな体験をしてしまいました。

1月程前のことですが、自動車を運転しているときに、大きな交差点で目の前の歩道を一人の青年が信号無視して渡り始めたのです。慌ててブレーキを掛け、横断歩道の前で止まることができましたが、間一髪と言うところでした。信号無視した青年はこちらを見て飛び出していたので明らかに確信犯でしたが、そのとき怖かったのは、その青年の動きに合わせてスマホを見ていた別の男女3人も赤信号を歩き始めてしまったことです。車の気配に驚いて慌てるように戻りましたが、自分で信号を見ていなかったのは確かで、周りの人の動きに合わせて歩き出した結果と言えます。こういう現実と遭遇してしまうと、オランダの信号も必要なのかもしれないと思ってしまいます。

児童・生徒の皆さんへ。

  1. 信号が青に変わっても、すぐに渡り始めず、車が突っ込んでこないか確認しましょう。スマホを見ながら歩き始めることは厳禁です。
  2. スマホだけでなく、単語帳や本を読みながら登校している人がいます。やめてください。現在においては、二宮金次郎の銅像のように本を読みながら歩くのは危険な行為です。
  3. 角を曲がるときも良く周りを見てください。自動車だけでなく自転車ともぶつかる危険があります。特に走って角を飛び出さないようにしてください。

例を挙げると限がありませんが、登下校を含め道路を歩くときは、周りに注意を払い、自動車の動きには「万が一止まらなかったら…」といった警戒と予測をする習慣をつけましょう。

最後に交通事故でお亡くなりになった方のご冥福をお祈り致します。

平成31年度 入学式

4月9日、前日の雨と打って変わり穏やかな晴天に恵まれて、トキワ松学園中学校高等学校入学式が行われました。真新しい制服に身を包み、少し緊張した面持ちで式に臨んだ新入生中学55名、高校139名の新たな学校生活の始まりです。

入学式での式辞の一部をご紹介します。

・・・さて、トキワ松学園は大正5年に創立され、大正・昭和・平成3つの時代を繋ぎ、そして新たに4つ目の令和に歩みを進める伝統ある学校です。創立者の三角錫子先生は渋谷の常磐松町に、女学校に行けないけど学びたいという女子が、自由に正しく学べる場を作りたいと学校を作られました。そしてこのような言葉を残されています。

『長い年限を女学校に行かれないけれども、学びたいという人のために建てた学校である。皆が自由に楽しく学べばよい。子供たちがめいめい持って生まれた天分を伸ばしてあげればよいのだ。今のように、女学校の卒業証書が嫁入り道具のタンスならば、ここ(トキワ松学園)は行李にも及ばない、小さな風呂敷ぐらいの物であろう。なにとぞ小さくともその中にしっかりとした鋼鉄に一輪のすみれの花を添えて包んで行って欲しい。』という言葉です。トキワ松学園は決して大きな学校ではありませんが、この三角錫子先生の「鋼鉄に一輪のすみれの花を添えて」という言葉にあるように、「鋼鉄」のような強い意志と、社会生活の中で強く生きていける力を持ちながら、「すみれ」にあらわせるような優しさや感性の豊かさをも兼ね備えてほしいと考えています。このことはトキワ松学園の建学の精神として教育にしっかりと根付いていることです。

先日、女性が教育を受ける権利を訴え、2014年に史上最年少の17歳でノーベル平和賞を受賞した、パキスタン出身のマララ・ユスフザイさんが「国際女性会議」での講演等のため初来日しました。マララさんは新聞のインタビューで「女子教育への投資の重要性を、世界のリーダーに訴え続けていきたい」と語っていました。世界銀行が18年に発表した女子教育に関する報告書などによれば、世界の6~17歳の女子のうち、約1億3200万人が学校に通えずにいるそうです。特に低所得国では、初等教育を修了する女子は3分の2に満たず、日本の中学に相当する前期中等教育を終える人は3人に1人とのことです。マララさんは「初等教育を受けても、多くの女子が結婚や出産などを理由にその後の教育の機会を奪われている。中等教育まで受けることの大切さを伝えて生きたい」と述べていました。

皆さんは現在、自分たちで学校を選んで自由に学ぶことのできる幸せな環境に身を置いています。どうか、このチャンスを最大限に生かし、多くの人のため、また社会の発展に役立つ活躍のできるように、自己を高めて行って欲しいと思います。

この4月1日、新元号が発表されました。皆さんもどのような元号になるか、興味を持って待っていたのではないでしょうか。そして選ばれたのが「令和」。出典は、万葉集の「梅花(うめのはな)の歌32首」の序文から引用されました。「人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ。一人ひとりの日本人が明日への希望と共にそれぞれの花を大きく咲かせることができる」という意味と願いが込められているそうです。

元号の付け方には「元号法」というものがあり、ルールが決められています。その中の一つに「良い意味を持つもの」というものがあります。これまでの「平成」もまた、中国の古典『史記』の「内平外成(内平らか〔たいらか〕にして外成る)」と、『書経』(しょきょう)の「地平天成(地平らか〔たいらか〕にして天成る)」と言う言葉から取られています。まず国内が平穏になれば国外のことも平穏に成る。人の営みが平和なものになれば、天もまた平和と成るに違いない、そうあって欲しいと言う願いから選ばれた言葉でありました。

元号に込められる思いのように、いつの時代でも、次の時代が平和や繁栄が訪れるようにと願うのは当然のことだと思います。「令和」と変わる、これからの時代を築いていくのは皆さんです。平和で豊かな時代を築いていくためには、皆さんが、確かな知識と強さを持ち、それに加えて豊かなコミュニケーション能力を兼ね備えること、すなわち冒頭でお話ししました「鋼鉄とすみれ」の心を兼ね備えることが必要なのです。

また、私は皆さんに次のようなことを実践してほしいと思います。『努力をして何かに達成感を得たら、皆にその成功に続く素晴らしさを伝えよう。悲しみを覚えたら、悲しい気持ちの人を慰めてあげられる人になろう。楽しいことがあったら、みんなで喜べるように分かち合おう。ためになることを知ったら、その知識をみんなで共有しよう。』人間は何事も一人の力ではできません。たくさんのことを共有し合い、支え合って生きていかなければなりません。そこに平和や豊かさが生まれていくのです。

また、皆さんがこれから何かに挑戦して、成功や失敗を経験していくことは、どんなことでも誰かの役に立ち、いつか必要とされることで、無駄な経験というものは一つもありません。ですから、何があってもくじけず、あきらめないで前へ進みましょう。もし行き詰ったら一人で抱え込まず誰かに相談しましょう。家族・友達・先生など、わかってくれる人は必ずいます。繰り返しますが、このトキワ松学園で多くのことに挑戦してください。我々教員は、共に歩んで皆さんの背中をそっと押していきます。

改めて、「新入生の皆さん、ようこそトキワ松学園へ」。皆で充実した楽しい学園生活を送りましょう。

第71回 トキワ松学園高等学校卒業式

3月2日土曜日、すがすがしい天気の中、第71回トキワ松学園高等学校卒業式が行われました。天気予報では、この日の前後は雨の日が多かったため心配していましたが、さすが青学年(青は学年色)雨雲を吹き飛ばし本当の晴れの日となりました。私の式辞の一部分を載せます。

 

『・・・さて、お話の初めに卒業生の皆さんの、思い出を少しふり返ってみたいと思います。まず、昨年6月に行われたスポーツ祭典で、皆さんはグランドいっぱいにその元気な力を発揮していましたね。学年の先生方と一体になった応援合戦、力強さの中に華麗な花を咲かせたダンス「すみれ」、そして何よりも接戦の中、皆の力で勝ち取った総合優勝。チームワークの勝利でした。

私は、高校2年生の11月に皆さんと行った修学旅行の思い出が一番強く残っています。神戸の街を巡り、ガイドの方から阪神淡路大震災の時のお話を聞いたときは、みなさんも常の災害に対する準備と心がけの必要性を改めて感じたのではないでしょうか。倉敷の美観地区を自由散策したときは、ほのぼのとした気分になりましたね。そして、広島での平和学習や宮島で厳島神社の見学と島内散策など、日本の良き文化と、平和の大切さを勉強しながら大切な仲間との思い出もたくさん作れたのではないでしょうか。

今日この卒業式を迎えてふり返れば、様々な学校生活の中での皆さんの元気で明るい笑顔が脳裏に蘇ります。そんな皆さんの晴れの卒業式を迎え、学年の先生方を始め教職員一同、寂しさを感じつつも大きな喜びを持って送り出したいと思います。

ここで卒業にあたり、私は皆さんに今後の生活の中で2つのことを大切にしてもらいたいと思い、お話しします。まず、一つは「人の話をよく聞く」と言うことです。あたりまえのことのようですが、人間は自分の考えを持つと、どうしてもそれを主張したくなってしまいます。また、人の話を聞いていても途中で自分の意見を挟んだりして、相手を否定されたような気持ちにさせてしまってはいないでしょうか。それは相手の考えを受け止められないと共に、時にトラブルのもとにもなりえます。

皆さんが高1高2で頑張った行事に音楽コンクールがありましたね。練習を重ね、心を一つにして合唱したことと思います。しかし、その合唱の世界でも「合唱とは、人の声を聴くことだ」と言うそうです。自分がどのように歌えばよいか、また指揮者や伴奏者であったらどのように引っ張って行けばよいかを考えていくためには、先ずみんなの歌声をよく聞いてからでなくてはなりません。また、みんながどのような歌唱力で歌っているかを理解しなければ、相手を否定する言葉を投げかけてしまうかもしれないのです。それでは合唱は成立しないでしょう

これから大人になって社会に出ると、自分の考えをしっかりと相手に伝える力が必要になります。しかし、同時にこの「人の話をよく聞く力」も必要になるのです。しっかり意見を聞いて理解した状態で自分の意見も発していけば、相手も納得し良い結論を導き出せることでしょう。そこで皆さんには、相手が話を伝えやすくなるような「聞き上手」な人になってほしいと思います。そうすれば、複雑な社会の中でもコミュニケーションが取れ、相手との理解を深めて物事がうまく運ぶはずです。

もう一つは「先を読む」ことです。今将棋界では最年少で中学生棋士となり、高校生になった現在もさらに活躍している 藤井 蒼太(フジイ ソウタ) 七段、囲碁界ではこの四月になんと10才でプロになる仲邑 菫 (ナカムラ スミレ)初段など、今若い棋士が話題になっています。どちらも堂々と大人を相手に活躍できる才能の持ち主です。囲碁も将棋も先を読んで進めるもの。まさに相手の考えを読む、相手のどれだけ先を読めるかの戦いです。それを考えると、この若さで活躍するこの二人の能力は、どんなにすごいものなのでしょう。しかし、「先を読む」力の大切さは、囲碁や将棋などの戦いの場だけに言えることではありません。これから皆さんが過ごす人生においても重要なことです。「危険を察知する」「生活設計をする」など、多くの人に関わる重大な予測や、自分の長い人生に向けての予測はとても大切で、皆さんもきっと考えていることでしょう。しかし、もっと身近なこととして、普段の生活の中で、自分の行動の少し先を読むことが意外とできていない場合があります。それが仕事においても、人間関係においても大失敗につながる一番の原因になっているとも言えます。常に目先の状況だけで判断するのではなく、その一つ先二つ先を考え行動する習慣をつけることが大切なのです。

卒業生の皆さんには今後の生活で、今お話しした「人の話をよく聞く」そして「先を読む」と言う、この2つのことを意識してこれからの生活を送ってほしいと思います。そして、これからもいろいろなことを吸収し、トキワ松学園の建学の精神である「鋼鉄に一輪のすみれの花を添えて」という言葉のように、何事にもバランスのとれた大人に成長して、社会で活躍していってください。・・・』

卒業証書を受け取る際に、私がかける「おめでとう」の言葉に、にこやかに返事を返してくれました。

卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。

3学期 始業式

いよいよ平成最後の年が始まりました。昨年より、ことあるごとにこの「平成最後」という言葉が使われてきました。昭和の終わりは、天皇陛下の崩御により突然訪れたのに対し、平成は天皇陛下の「生前退位」という形でその議論から始まり時間的余裕があったため、そういった言葉が多く聞こえたのでしょう。それぞれの時代を思い起こすと、昭和は戦争があり、そこからの復興・経済成長を遂げた時代、平成はPCやスマートフォンが身近になったことに代表されるよう、科学技術の急速な発展が挙げられますが、多く天災や事故が記憶に残った時代とも言えるかもしれません。次に来る新たな時代が、これらの経験を基に発展していき、平和や安全を保てるようになっていくことを期待したいと思います。

また、新しい時代の幕開けに合わせるように、大きな催しも予定されています。それは皆さんご存知の通り、2020年の「東京オリンピック、パラリンピック」と、2025年の「大阪万博」です。東京オリンピック・パラリンピックに向けては、皆さんの中にもボランティアの応募をした人もいると思います。参加する皆さんは国際社会の一員として、立派なおもてなしをして欲しいと思います。万博は、1970年にも「エキスポ70」として、同じ大阪で開催されています。当時、小学校3年生であった私も連れて行ってもらった記憶があります。各国・各企業のパビリオンで未来の技術として展示されていたものは、現在、その多くが実用化され、もはやなくてはならないものとなっています。また、そこで警鐘を鳴らしていた未来の自然災害や社会問題は、残念なことに現実のこととなっています。万博はただ便利な未来を創造するだけでなく、予測される災害等から、身を守るための知識を得る場でもあるわけです。

新しい元号で始まる新しい時代を生きる皆さん、ますます発展する科学技術を利用すると共に、災害に対する備えをすること、スポーツなどを通して、多くの人々と交流を持てる生活をすることなどを頭に置き、新しい年をスタートさせてください。

創立記念日に向けて

11月22日はトキワ松学園の創立記念日です。そこで、皆さんにトキワ松学園の歩みについて、お話ししたいと思います。

100年前の日本は、女性がまだ社会的に教育を受けることが難しかった時代でした。創立者の三角錫子先生は学びたい女子に教育を受ける機会を設けようと、1916年渋谷の常磐松町に常磐松女学校を作りました。そして、三角先生は「鋼鉄に一輪のすみれの花を添えて」というという言葉を残され、その言葉の意味する「強い意志と他者への優しさを兼ね備えた女性を育てる」ことを建学の精神としてきました。三角先生は、多くの教えを残していらっしゃいますが、学園の創立後、わずか5年でその生涯を閉じられています。その後、多くの先生方がトキワ松学園を支え、発展させてこられましたが、その中でも特に室谷早先生、丸山丈作先生の功績は大きいものでした。そこで、今回はお二人の先生の功績・教えについてお話し致します。

 

【室谷早先生】

トキワ松学園は4つの校舎を経て現在の碑文谷校舎に至っています。創立時は「女子音楽学園」の校舎を借りてスタートしましたが、空襲により全焼してしまい、渋谷の「常磐松小学校」に同居させてもらいました。その後、世田谷区上町にある和光学園でそこに在校する小学生と共に学ぶことになりました。しかし、合併の話が持ち上がり、トキワ松の名前を守ろうとそこも離れ、渋谷の國學院大學に教室を借りました。そして、先生・生徒の様々な苦労の上に、ついに碑文谷の地に校舎を建てることができたのです。そこで、創立記念日は、この碑文谷に校舎の建築許可の下りた日、11月22日としました。

この放浪の旅の中でも特に和光学園から碑文谷に移るまでの間が大変な時代で、トキワ松存続の危機を乗り越えるのに奔走されたのが、室谷早先生でした。木造平屋でスタートした碑文谷校舎ですが、先生は戦争の記憶から「鉄筋コンクリートの燃えない校舎」をという強い思いを持たれており、その後鉄筋コンクリートの新校舎を建築、さらに新館・体育館・プールの建設と学園の基礎を作られました。女子美術大学の前身、女子美術専門学校を出られている先生は、造形美術の短大設置に動かれましたが、トキワ松学園女子短期大学(現 横浜美術大学)の開学を見る前に残念ながら亡くなられました。

先生の学園に対する功績は、現在のトキワ松学園の発展に関わる大変大きなものでした。

 

【丸山丈作先生】

「モロモロノ恵ミニムクイルタメ、常ニ善イ事ヲ行ナウ。カラダヲツヨクスル、カシコクナル。ヨクハタラク。ムダヲシナイ。」教育目標として生徒手帳の最初書かれています。これは、丸山先生の信条として、今も生かされている教えです。丸山先生は府立第六高女(現:都立三田高校)の初代校長として、女子教育界に新風を吹き込みました。同校退職後、5年間常磐松の教頭として在職され、戦争中に一旦は退職されるも、戦後の新生常磐松が第一歩を踏み出す時、請われて第6代校長に就任され、その後すぐ理事長も兼務されました。先生は、「女子は次代の人間を育てる大切な立場にあるのだから、より良い教育を受けなければならないという考え方を持ち、健康教育を重視しました。トキワ松でも「スキー教室」「臨海学校」「徒歩遠足」「北アルプスや富士山の登山」などを実施いたしました。また、合理精神に徹して個性的な教育を目標とし、制服も寒暖に応じて自由に組み合わせて着用できるものを先取りしました。同様にカナ文字論者の先生は、筆記のスピードや簡便さを重視して、漢字の「常磐松」から、カタカナを使った「トキワ松」に改めました。また先生は、世界中が同一語で語り合えることを理想に掲げていらっしゃいました。それぞれ異なった思想や感情も、同じ言語で話し合い、迅速な理解が得られれば、争いごとを減らすことができると考えて、語学教育も新しいスタイルで実践していました。皆さんが今勉強している英語も、そんな丸山先生の教えを心に頑張ったら素晴らしいと思います。

丸山先生は1955年に80歳で退職され、町田市で96歳の天寿を全うされました。


丸山丈作先生(左)と室谷早先生(右)

トキワ松学園は102年の歴史がありますが、多くの先生・生徒の努力で発展してきました。創立記念日に因んで、室谷先生・丸山先生についてお話しをいたしました。先生方の思いを胸に、生徒の皆さんには日々学習活動に励んでもらいたいと思います。

高二修学旅行

11月6日~10日までの4泊5日、高校2年生の修学旅行を引率しました。コースは、以下の通りでした。

1日目 広島市内(平和学習)⇒ 宮島(島内泊)

2日目 宮島内自主研修 ⇒ コース別散策 ①宮島島内散策 ②尾道散策 ③倉敷散策 ⇒ 大原美術館ナイトミュージアム ⇒ 倉敷泊

3日目 コース別研修 ⇒ ①琴平コース ②備前コース ③直島コース ⇒ 神戸泊(テーブルマナー)

4日目 北淡路震災記念館(震災学習) ⇒ 神戸市内自主研修 ⇒ ディナークルーズ ⇒ 神戸泊

5日目 姫路城見学 ⇒ 帰路

修学旅行シーズンまっただ中で、平和公園や宮島は人があふれている状態でした。今年は宮島の島内泊ができたため、夕食で「明日朝、私は散歩に行きますが、よかったら一緒に行きませんか」と呼びかけてみました。すると翌朝なんと、32名もの生徒達が集まってくれました。みんなで列を作り、まだ夜明け前の坂道を下って、厳島神社の鳥居の近くまで行きました。昼間の自主研修に時間は満潮になるため海の中の鳥居になるのですが、この時間はまだ潮が引いており、鳥居の下まではいけませんでしたが、海に降りて見ることができました。時間があるので、両方の鳥居の景色がみられるのが島内泊の良いところです。この日(2日目)は盛り沢山な内容でしたので、最後のバスの中は皆さん爆睡でした。散歩に付き合ってくれた皆さん、どうもありがとうございました。

今年は、この島内泊を始め、本校貸切りの大原美術館ナイトミュージアムや、神戸港を巡りながらの船上ディナー等、新しい催しが盛りだくさんでした。よい思い出になったことと思います。そしてまたいつか、修学旅行で回った場所に、もう一度訪れてみてほしいと思います。

 

中3サマースクールに同行して

8月22日(水)~25日(土)まで、中学3年生のサマースクールに同行しました。最初の目的地は富山県立山町です。新幹線の富山駅を降りると、肌を突き刺すような厳しい日差しで驚きました。それもそのはず、この日は、富山県で39.6℃を記録し、観測史上最高の気温だったそうです。しかし、そんな暑さに負けず、生徒達はグループに分かれ、立山町で民泊体験をスタートしました。立山町での民泊は今年で4年目なりますが、4年間ずっとお世話になっているお宅もあります。暑さで外での作業はあまりできなかったようですが、滝に連れて行ってもらったり、家の中で作業をしたりと、様々な思い出をたくさん作って頂いたようです。

 

24日の朝、各民家で朝食を終えた後、吉峰の公民館に集合し退村式を行いました。お世話になった立山町の皆さんや民泊協議会の皆さんに涙の別れを告げ、能登半島に向いました。前日の夜から台風の通過で風の強い中を出発しましたが、皆の日頃の行いが良いのか、すぐに風も落ち着き無事「千枚田」に到着しました。海辺の段々畑のきれいな景色に心安らいだ時間だったと思います。

その後、輪島に移動して輪島塗の手鏡やお皿に漆で絵を描き、金銀粉を蒔き付ける「蒔絵体験」を行いました。皆さん奮闘していましたが、トキワ祭で展示されますので、その出来栄えはその時のお楽しみです。終了後、a組b組が入れ替わりになり、今度はキリコ会館へ移動しました。キリコの説明を聞きながら展示されている様々なキリコを見学し、最後は実際に担ぐ体験をしました。めったに着ることのない法被姿で、お祭り気分を味わっていたようです。

 

最終日25日は金沢市内へ移動して、「21世紀美術館」を見学しました。プールを上と下から眺められる恒久展示作品「スイミング プール」は、やはり一番人気だったようです。その後、「兼六園」に徒歩で移動し、園内の食事処「兼六亭」で郷土料理の「治部煮」をいただき、午後の新幹線で帰路につきました。

富山県の自然を満喫し、立山町の方々との交流は一生の思い出になったのではないでしょうか。また、トキワ松学園の「創立者三角錫子先生」生誕の地である金沢を訪れることができたのも、良い体験だったと思います。またいつか大人になった時、思い出を辿りながら訪れてみてください。

交通事故防止寄与団体表彰

6月26日(火)碑文谷警察署講堂において、平成30年春の交通功労者等表彰式が執り行われ、トキワ松学園は交通事故防止寄与団体として、警視庁及び東京都交通安全協会より感謝状をいただきました。児童生徒の登下校時を中心とした、学校前の警備員による交通安全警備、中高生徒委員や小中高教職員の通学路指導など、日頃の交通安全に対する取り組みに対しての表彰ということでした。

ニュースでは、様々な事故やトラブルが報告されています。今後も、交通安全に限らず、防犯・防災も含めて児童生徒の安全を第一に考えていきたいと思います。

みどり会設立100周年記念祝賀会

    

5月20日、目黒雅叙園において、本校の同窓会である「みどり会」の総会及び、設立100年を記念する祝賀会が行われました。トキワ松学園は、2016年に学園創立100周年を迎えておりますので、最初の卒業生が出るとすぐ作られた歴史ある同窓会ということがわかります。その名前の由来は1937年(昭和12年)に発行された「常磐松」創刊号の中にこのように記されています。

『最初は第一回卒業生有志の間に「母校のために何か永久に意義あるお仕事を始めたい」というような希望を持ちまして、先ず日々の婦人の落ち毛を広く知己其他の方々へ御願いして取り集め、各自一か月に一回、学校に持ち寄りまして、これを屑屋に払って得た所の基金を基にして、他日期熟した暁に、義務教育を受けられない不幸な人々の為に、校舎を利用させていただいて「夜学校」を建設したいという理想の下に企画されましたのが動機で、「緑の黒髪」と「常磐松のみどり」とにかけて「美登里会」とつけられ、同時に同窓会名とされたのでございます。』

 

祝賀会では、冒頭に今回の総会をもって小池愛子前会長をはじめとした旧役員の皆様が退かれ、栗山典子新会長をはじめとした新役員の皆様に引き継がれたことが報告され、新旧会長のご挨拶がありました。来賓挨拶では、岡本理事長から「みどり会報」だけでなく、タイムリーな学校の情報を皆さんに知っていただこうと、一斉メールでお知らせする「配配メール」システムを導入するために、準備中であることが発表されました。続いて、校長の私からは、みどり会によって「三角錫子奨学金制度」が新設され、高校二年生と三年生を対象にいよいよ6月から募集が始まることをお知らせ致しました。乾杯が終わりお食事の間は、正面のスクリーンにトキワ松学園の歴史の一コマが写真で映し出され、皆さんそれぞれに昔を懐かしまれていたようです。また今回余興として、吹奏楽部の出身で現在音楽活動をされている卒業生3名、冨岡祐子さん、高梨寛子さん、佐藤温さんによる「サクソフォーンコンサート」が行われました。ほとんど合わせる練習をしていないということでしたが、息のぴったり合った演奏は素晴らしいものでした。その他にも、3つある歴代の校歌を合唱したりして、和やかな雰囲気の中で祝賀会は幕を閉じました。

 

 

学園創立100周年を機に、学園が今まで以上にまとまろうと目標を持ち、あらゆるところで協力体制を作ってきました。この祝賀会にも学園会を始め、小学校の校長・教頭、同窓会のさつき会会長にもご出席いただき、より親交を深めることができました。これからもすべての学園関係者が情報を共有し協力し合うことで、学園の発展につなげて行ければと思います。